Interview
郡山で何をやるかは、決めなくていい。欲しいのは、地域に貢献したいという覚悟だけです
株式会社エスアンドシー
地域の企業のために。
郡山市富田町に、株式会社エスアンドシーという会社があります。代表取締役は谷洋さん、専務取締役は木内英一さんです。地域の中小企業に入り込んで、経営を立て直したり、次の持ち主へつないだりしています。

この会社が学生に渡そうとしているのは、起業という選択肢や会社の経営そのものです。郡山で何をやるかを、先に決めておく必要はありません。
福島県内には、後継者がいないまま、次にやる人を探している会社があります。喫茶店、バイクの小売、自動車整備、生コンの製造、運送、建築資材の卸、鋼材の卸。
買いたいという希望も集まっています。ただ、手を挙げているのはほとんどが法人です。個人が会社を引き受ける道は、別で用意されています。
エスアンドシーは、それをサーチ型と呼んでいます。会社を買うお金はないけれど社長をやりたい、という人のための仕組みです。
谷「うちで2社3社の仲介をしながら、そこの株をうちが持ってあげる。この人の株を買うお金も、うちで貸します」
社長になるあなたの代わりに、この会社が株を持ちます。
実例をひとつ聞きました。
後継者のいない取引先の仲介に入っているうちに、エスアンドシーが自分で引き受けたほうがいい、という話になりました。
そこへ、福島の出身ではないけれど福島で頑張りたい、という人が現れます。いま、その人が社長です。株は10%を本人が持ち、残りをグループが持っています。条件を満たすと、本人の持ち分が増えていきます。
その社長は毎月、木内さんと経営の訓練をしています。経営者をやりたいという人は貴重だと谷さんは言います。自分でも、もう一度同じように会社を始めることはできないと思う、とも話していました。
ー案がなくても、ここでやりたいとプレゼンされたら、内容によってはOKですか。
谷「もちろんOKです。うちのコンサルが入る、その条件を先方も飲めるなら。小さい額で本当にやりたいという覚悟があるのが分かれば、かなりの確率で実現できるかと思います」
東京の大手から3人が、この会社に来た

エスアンドシーができたのは2005年11月です。いまはコンサル、不動産、太陽光発電、IT、販促、支援、店舗運営の7つの事業部があります。公式サイトに載っている関連会社は13社で、食肉の卸、金属の工場、電気設備の会社が並びます。
M&Aの成約は30件を超えました。谷さん自身も、会社を売る経験と買う経験を、あわせて10回以上しています。コンサルティングで一度に受けるのは、最大100社までと決めています。
社員の前職は、そろっていません。採用も積極的に行っているわけではありません。
それでも優秀な人材が集まってきています。
ー人材がそんなに集まっているのは、なぜだと思いますか。
木内「地域の企業を良くしたい。地域で暮らす人たちを良くしたい。そして、そこで働く従業員の生活も良くしたい。そういうことを本気で考えているからだと思います。一緒に仕事をしてみないと伝わりにくい部分かもしれませんが、うちが掲げている『家族全員で良くなるために』というキャッチフレーズも、こうした考え方につながっているんじゃないかなと思います」
集まってきた人たちの経歴も、実にさまざまです。東京大学を卒業した公認会計士もいれば、上場企業で役員を務めていた人もいます。なかでも多いのが銀行出身者で、東京の大手銀行から転じてきた人だけでも3人。うち2人は郡山出身、1人は盛岡出身です。
そのうちの2人から言われた言葉を、谷さんは今でも覚えています。
「こんな会社があるとは思わなかった」
その言葉の背景には、この会社ならではの仕事のあり方があります。社内では一人の社員でありながら、グループ会社では役員を務める人もいる。ひとたび社外に出れば、取引先の経営者と肩を並べ、会社のこれからについて話をする。肩書きや年齢にかかわらず、経営の当事者として仕事に向き合う機会があります。

銀行の中では無理だと判断して、会社を作った
谷さんと同じ銀行で働いていた人が、いま、この会社にいます。専務の木内さんです。取材の終わり際、木内さんが銀行員時代の谷さんについて話してくれました。
木内「若い頃、私は近くの支店にいたんですけど、社長がいる支店の成績が、とんでもない数字だったんです。普通にやっていたら、どうやっても出せないような数字です。当時から社長は『集金には手数料を取るべきだ』と本部に言っていました。いまでは当たり前のことですけど、当時はそうじゃなかった。10年、20年先を見ながら、いま何をするべきかを考えている人なんだと思います」
谷さんは、常陽銀行に10年9カ月勤めました。2つの支店を経験した後、法人の新規開拓を担う部署へ。銀行員としてキャリアを重ねていく一方で次第に違和感も大きくなっていきました。

銀行を辞めた理由を尋ねると、答えは明確でした。
谷「本部から指示されたことは、たとえ目の前のお客様のためにならないと思っても、やらなければならない。そんな仕事が、だんだん増えていった。銀行の中にいては無理だ」
そう判断して、谷さんは自分で会社をつくりました。
ただ、銀行で企業の財務を見てきたことと、自分で会社を経営することは、まったく別の話でした。
谷「財務はずっと触っていたので詳しかったんです。でも、蛍光灯1本がいくらするのか、コピー機1台がいくらするのか、それすら分からなかった。何が安くて、何が高いのかも分からないんです」
ーそれでも、ここまで続けてこられた。その胆力はどこから来るんですか。
谷「巻き込んだ人と、お客様を放置できない」
シンプルな答えでした。
会社を続けるなかで、一つの事業だけでは難しいことも分かってきました。そして、自分自身が事業をやっていなければ、いつか「机上の空論」を語るだけのコンサルタントになってしまう。だから、自分たちで事業をつくり、経営し、そこで起きることを自分たちで経験してきました。
いま、会社に7つの事業部があるのも、その延長線上にあります。
ーそもそも、なぜ郡山だったんですか。
谷「銀行を辞めると決めた場所が、郡山だったからです」
市場を分析して選んだわけでも、何か特別な縁があったわけでもありません。銀行を辞めると決断したとき、たまたま自分がいた場所が郡山だった。それが始まりでした。
それでも、いま振り返れば「郡山でよかった」と谷さんは言います。
同じくらいの規模の地方都市と比べても、郡山は比較的新しい街です。長い歴史を持つ老舗企業だけではなく、新しく生まれた会社が育ってきた土壌がある。
銀行を辞めると決めた場所で会社をつくり、気づけばそこで多くの人を巻き込み、いくつもの事業を育ててきた。
谷さんにとって郡山は、最初から選び抜いた場所ではありませんでした。けれど、ここでやり続けてきた時間が、結果として郡山を「選んだ場所」にしていったのかもしれません。
応募すればすぐに社長になれる、ということではありません
ただし、「やりたい」と手を挙げれば、すぐに会社や事業を任せてもらえるわけではありません。
挑戦の入り口は、大きく4つあります。
エスアンドシーやグループ会社に就職し、中で経験を積みながら経営を学ぶ。自分で事業案を持ち込み、そのまま形にする。「こんなことをやりたい」という希望から始めて、1年、2年とかけて事業にしていく。そしてもう一つが、既存の会社そのものを引き受けることです。
入り方は違っても、任せるうえで谷さんが重視していることは共通しています。
挙げた条件は、3つでした。
一つ目は、外部のコンサルタントを入れること。

しかも、会社がお金を出して用意するのではありません。任された本人が、自分の事業から対価を払い、経営の数字を外から見てもらいます。
「使える補助金があるので行政に連絡してください」「設備投資を検討しましょう」。そう助言されて、1カ月経っても何も動いていなければ、「なぜやっていないんですか」と問われる。
会社員であれば、上司が進捗を確認してくれます。しかし、経営者になると、そうやって自分を管理してくれる人はほとんどいなくなります。だからこそ、自分に厳しいことを言ってくれる相手を、あえて外に置く。それが一つ目の条件です。
二つ目は、最初に動かす金額です。
大きな金額を求めれば、それだけ会社から求められる事業計画や成果の水準も高くなる。反対に、小さな金額で始められるなら、挑戦のハードルは下がります。谷さんは、まず小さく始めることを勧めています。
そして三つ目が、覚悟です。
「社長になりました。でも、明日辞めます」
それでは困る、と谷さんははっきり言います。
手を挙げる機会はつくる。挑戦するためのお金も出す。必要なら、会社を一つ任せることさえある。
ただし、任された以上は経営者として責任を持つ。挑戦する自由と、引き受ける責任。その二つは、ここでは切り離されていません。
ーその覚悟のところは、どこを見ているんですか。
谷「会社と社員を大切にできるかです。これらを大切にしないと、会社が個人のものになってしまうからです。儲かった分を自分の買い物に回してしまう人とかいるんですけどちょっと違うかなと。
会社を良くして、いい社員がいて、教育もできて、賃金を上げていく。それができるかどうかが、判定の基準です。」
出て行った24歳が、友達に声をかけている

谷さんは、自分の子どもと同じ世代の人たちと、何度も食事をしています。そのなかに、土木の現場で働いていた24歳の人がいました。給料が安いという理由で、県外に出た人です。
出た先では、同じ仕事なのに給料が違いました。アパートの家賃は変わりませんでした。いまその人は、郡山の友達に声をかけています。こっちのほうがいいぞ、と。
谷「出て行った人が戻る場所がない社会は良くないと思うんですよね」
だから、地元に給料を高く払える会社が絶対に必要だと言います。肉屋でも稼げる仕事を作っていくべきであり、そういった場所を創りたいと。

ー経営者をやりたいけれど一人では不安、という人はどうですか。
谷「人材として大募集ですね。経営者をやりたいという人は、そもそも滅多にいません。だからその気持ちになってくれた若者がいるなら、ぜひ紹介してほしい。会って真剣に話すのが、いちばんやりたいことです。」
地域の企業のために、_ _ _ _を。
(2026年8月 取材 松井司)
会社概要
会社名
株式会社エスアンドシー
所在地
福島県郡山市富田町
事業内容
経営コンサルティング。財務・事業承継・M&A
まず話を聞いてみる →
学生向け説明会(オンライン・全4回)の申し込みはこちら →← 記事一覧へ
