Interview
明治から続く全国有数の産地で、鯉食の文化を受け継いでいます
株式会社熊田水産
郡山で受け継がれてきた、鯉の文化に。
郡山市逢瀬町河内にある株式会社熊田水産は、1960年に熊田養鯉場として始まり、1990年に法人になりました。1975年からは加工も始め、鯉の洗い、旨煮、角煮をつくっています。鯉の魚醤油は、2か月かけて熟成させます。2015年からは6次化にも取り組んでいます。

養殖池は郡山市を中心に県内の各地にあり、「磐梯鯉」というブランドの名前で、活魚は全国に出荷され、鯉の加工品は県内のスーパーや百貨店へ卸します。
郡山は全国有数の鯉の産地です。郡山市の小学校では、鯉を使った給食が振る舞われ、子供たちは鯉を食べて大きくなります。
熊田「純粋に鯉の生産量だったら、いまはうちがいちばん多いと思うよ」
掲げているのは、鯉食文化の継承と発展です。それには、その先の未来を受け継ぐ人が必要不可欠です。
ー未経験の若い人が来たら、何を見てもらいたいですか。
熊田「基本、育てる過程を見てもらうのが一番だと思うから。餌って、こんな規模の池で、こんな感じで、一日に与える量って、こんなに長い時間食べてるんだとか。それを見てもらうのが一番」
鯉は、出荷できるようになるまで2年かかります。売上が出ない時間も鯉を育てる必要があります。
餌をやる作業はシーズン中ほぼ毎日あります。水揚げは池ごとに時期が決まるので、池を見回り、鯉の大きさを見極めます。
郡山で鯉の養殖が盛んになった理由に、養殖に適した環境が揃っていたことが挙げられます。
明治の安積開拓で猪苗代湖から安積疏水が引かれ、使われなくなった灌漑用のため池が残りました。
養蚕が盛んで、鯉の餌になる蚕のさなぎが手に入りやすかったうえ、鯉は開墾のために集まってきた人たちの貴重なたんぱく源でもあったので、鯉食が広まりました。
使わなくなったため池に、養蚕の副産物を餌として組み合わせて始まったものが、いまも続いています。
出荷まで二年、鯉が育つ流れ

5月ころ、山形の水産試験場から稚魚を仕入れます。稚魚は、親の鯉から卵を取って孵化させ、肉眼では捉えられないほどの大きさのうちに仕入れます。稚魚が入った袋は、計算のうえでは数十万尾いるはずと言われますが、人の目には水と酸素が入った袋にしか見えません。
それが池に放して餌をやり、1週間もすると、水面の様子が変わります。買ってきたものは全部、1か所の池に入れて、翌年の5月まで、まる1年、餌を与え続けます。
ー1年間、同じ池でいいんですか。
熊田「そう、同じ池で。それはまだ、魚の総量が上限までいったことがないから」
池には作れる量の上限があり、面積と水量と深さで決まります。
2年目に入る6月から7月、鯉を7か所か8か所の池に分けます。そこから9月、10月まで5か月ほど餌を与えると、出荷の大きさになります。2年目は、1年目とは比べものにならないほど伸びます。
ただし、大きければいいわけでもありません。骨の本数は、大きい魚でも小さい魚でも変わりません。年を取るほど骨や頭やひれの割合が増えるので、食べられる部分は減っていきます。
一度に全部も売りません。全部売ると翌年の春に出す品物がなくなるので、1年を通していつでも売り物のサイズが揃うように、池の数を持っておきます。
熊田「大きくなりすぎると、逆に売りづらいから。ちょっと抑えて、とか、ゆっくりして、みたいな」
あなたが池に立つとしたら、目の前にいるのは、去年の5月には目にも見えなかった鯉なのです。
池の鯉を全部さらう、水揚げの日

水揚げの手順は決まっています。餌を与えながら夜のうちに網を沈めておき、翌日また餌をやると、鯉が集まってきます。
そこをワイヤーで一方向に引くと、池の底から網が上がってきます。
ー池の魚は、どれくらい回収できるんですか。
熊田「100パーセント。一匹残らず。最終的に、池の水を全部抜いちゃうから」
池と呼んでいますが、その大きさは広大で、一目ではその全貌を捉えきれないほどの大きさです。地図上でも確認ができる大きさだ、と熊田さんは言います。
いつ水揚げするかは、与えた餌の量から池にいる魚の量を読んで決めます。魚が増えれば池の酸素も多く要るので、その前に水揚げしなければなりませんが、その見極めを外すことはありません。そこに熟練の確かな仕事があります。
熊田水産の鯉は、これまで大きな病気にかかったことがないそうです。薬もあまり使わず、丈夫な魚が育つことを大事にしています。
山の中の池で育つ、身の柔らかい鯉
熊田水産の池は、山の方にあります。そこで、旨い鯉が取れるようになりました。
ー山の池だと、何が違うんですか。
熊田「家庭の排水が入らない、っていうのが一番。綺麗とか汚いとかの問題じゃなくて、家庭の排水が入るとどうしても骨が硬くなるんだよね、魚自体が」
家庭の排水にはリンが含まれます。リンはカルシウムに関わるので骨の伸びが速くなり、細長い魚になります。
山の池で育つと丸い魚になり、輪切りにしたとき一切れ目と四切れ目で大きさが変わりますが、肉質はこちらのほうが良い、と熊田さんは言います。
熊田「鱗が細かいとか硬いとか、そういうんじゃなくて。とにかく身が違う。うちの鯉は柔らかい。本当に刃物の入りが違うんだ。」
タイよりしっとりした、鯉の味
ー鯉を食べたことがない学生が多いと思います。どんな味ですか。
熊田「海の魚で例えるなら、タイの、もっとしっとりした感じ。味でいうと、もうちょっとタンパクで、甘みがある。」
最初に食べるなら刺身がいい、と熊田さんは言います。鯉の食べ方では「洗い」というお湯で洗ってから氷水で締めて刺身として味わう調理法が有名ですが、郡山では普通の刺身としても鯉を楽しみます。刺身として出すと、鯉と知らずに食べた方から、これ鯉なの、美味しいんだけど、と驚かれることが多いそうです。

味は餌で変わります。養殖の餌にはEP(水に浮くタイプの餌)とDP(水に沈むタイプの餌)という種類があって、多くの業者がDPを使うなか、熊田水産はEPを使っています。
熊田「いまこういう餌でEPなんてやってるのは、おそらく俺だけだと思うよ。なんでEPなんかやって、効果あるの、って言われるけど。絶対ある」
EPは消化吸収の良さや水を汚さないメリットがあり、その分高価ですが、魚の質にこだわり続ける熊田さんは、その効果を実感していると言います。
鯉食の文化を、次の世代へ

鯉食の文化をつなぐことは、鯉を食べる人を増やすことでもあります。
鮭や鰻ほどには食卓に馴染みの無い鯉をやり続ける上では苦労もありますが、ひとつの文化を担う会社としての矜持を持ち続けています。
熊田「うちの規模でやり続けるのは大変だけど、もっと小さくやるなら、例えば池を二つとか三つとかで回すなら、これは面白いと思うよ。夫婦二人ぐらいでもできるから。」
ただし、鯉の養殖をするには、水揚げした魚を運ぶ水槽車や、県外へ売るならそこに酸素を送る設備も要ります。池から出した魚を一時的に置くストックヤードも、プールのようなものを作らなければなりません。文化をどう受け継いでいくのかは、考え続ける課題です。
熊田さんは、いまも鯉をつくり続けています。
熊田「やる気っていう意味では。俺が辞めれば、東北の鯉はなくなっちゃうから」
郡山で受け継がれてきた、鯉の文化に、_ _ _ _を。

