Interview
マイクから宅建に自分の武器を持ち替えて。郡山の不動産屋が渡すのは、まだ名もない場所の企画と運営です
株式会社コノマチ不動産
まだ名もない場所の、企画と運営に。
郡山市安積町長久保に、株式会社コノマチ不動産があります。2022年12月にできた会社で、代表取締役の佐藤弘樹さんが、専任の宅地建物取引士も兼ねています。
掲げているのは「空き家を開き家へ。」という一行です。売買も賃貸も管理もやり、農地や山林の取引にも対応します。
その佐藤さんが、いま一つ計画していることがあります。不動産屋に用事がなくても、人が入ってこられる場所を作ることです。いまのところの案は、本屋です。
ー若い人には、何を任せたいですか。
佐藤「僕にはない感性だったり、視点をお持ちだと思うので。あとは今計画している本屋さんの方とか。本屋さんという形態が正しいのかどうかはまだ分からなくて、あくまで案としてなんですけど。その場所の利用とか形態について色々話し合った上で、任せられるのであれば任せたい」
案は、案のまま渡されます。本屋にするのかどうか、というところから話が始まります。
佐藤「合わせて不動産にも興味を持ってもらって、不動産も一緒にやってもらえたら一番嬉しいですけどね」
香川から来た、うどん屋の開業
不動産の仕事のやりがいはどこにあるのか。そう聞くと、佐藤さんは間を置かずに答えました。
佐藤「もうめちゃめちゃやりがいを感じられる仕事です。売る人にも買う人にも、どちらからも感謝されますよ」
その一つが、今年開店したうどん屋さんです。物件の問い合わせが来たのは、香川県からでした。
佐藤「嘘でしょう、とか思ったんですけど。じっくり話を聞いて、本当に内見にいらっしゃったんで」
店舗物件を扱うときは、場所と人の両方を見ます。住宅街だからあまり賑やかす業態ではないほうがいいな、どういう人がここに一番ふさわしいのか、と考えながらイメージして提案をするそうです。
お店を開きたいという相談を受けたときは、資金計画の立て方まで踏み込むときがあります。そこまでやって入居者にも、より具体的な提案ができますし、物件オーナーにも説明がつき説得力が増します。そして、店が開いたあとに地域の人から言われることがあります。
佐藤「ずっと空いていたところにあんな良い店を連れてきてくれて、ありがとう、とか。そういうこと、本当にありますよ」
あなたが持ち込む案も、同じように扱われます。やりたいという気持ちに、資金の出どころまで一緒に向き合ってもらえます。空き家の相談も、進め方は同じです。空いたままになっている家には、たいてい理由がいくつも重なっています。
佐藤「それを一個一個、いやこれはこうじゃないですかね、とじっくり話しながら」
大阪で始めた音楽とメジャーデビュー
佐藤さんが育ったのは、福島県石川郡玉川村です。小学生のころは、漫画家になりたかったそうです。高校を出るまで地元にいて、部活ではラグビーをしていました。
大学は大阪の芸術系の学校で、芸術計画という学科に入りました。
入ってからのめり込んだのは、学校の勉強よりも音楽活動でした。在学中には、友人たちと箱を借りてイベントを打つようになっています。卒業のとき、同期が就職の話をするなか、佐藤さんは音楽を続けることを選びました。
そこから1年ちょっとで、レコード会社と専属契約を結んでメジャーデビューします。アルバイトをしていた期間は、その1年ほどです。
佐藤「ポンポンとうまく時流に乗れたというか、運が良かったというか」
24、25歳のころには、友人と服のブランドも始めました。当時のアメリカのラッパーがやっていたことを見て始めたもので、これも当時は大阪中心にヒットしました。
30歳のころ、元々知っていた東京のプロデューサーからの誘いで、最後のチャンスと思い佐藤さんは大阪から東京へ移ります。スタジオ兼住居に住みながら作ったアルバムは、自分でも自信を持てるものになりましたが、音楽で生計を立てていくことへの不安は消えませんでした。
音楽から、宅建と不動産の仕事へ

30代に入ってまもなく、東日本大震災が起きます。
佐藤「もともと地元に帰るってことは、頭の中に一ミリもイメージとしてなかったんですよ」
毎日ニュースで映像を見て、地元の友達と連絡を取り合ううちに、気持ちが変わりました。家族のこと、友達のこと。
佐藤「地元を何とかしなきゃ、みたいな使命感ではないんですけど。俺もこっちに帰ってきて、何かやるべきじゃないか、と」
戻ってからは、いわきの会社でウェブを担当しました。
ーそこから、なぜ不動産だったんですか。
以前から音楽や服作りだけで、いざ社会に出るとなると何の武器もなかった。音楽をしていた頃から一番人気のある資格、ということで宅建には興味があり何度か受けていたんです。
震災後の福島県は建築ラッシュで不動産業と建築業の勢いを目の当たりにした佐藤さんは、退社後に自分の武器になる資格を持とうと考えます。半年間友達とも誰とも会わずに宅建の勉強に打ち込み、合格します。
34歳で不動産会社に入り、社長のもとで実務を覚えます。賃貸から始めて、売買もやるようになりました。不動産については何でもやる会社だったので、10年近く勤めるあいだに、その全てが知識や経験として身につきました。
独立を決めたのは、社長と将来の話をしたときです。ゆくゆく独立を考えている、4、5年後くらいに、と答えると、社長はいまのうちに動くことを勧めました。その場で答えは出さず、2週間ずっと考えて独立を決めました。
佐藤「背中を押されたのは間違いないですね。言ってることも間違いないです、今振り返って思っても」
まちづくりとヒップホップ
前の会社で働くなかで、佐藤さんはまちづくりやエリアリノベーションのやり方を知り、それが独立の軸になりました。過去の自分の原点、自分の中の何かと重なった、といいます。
佐藤「アメリカのラッパーもそうですけど、音楽で稼いだお金を地元に還元する方が非常に多くて。地元があっての自分というか、地元を大切にしているその考え方や行動が素晴らしいなって」
佐藤「まちづくりやエリアリノベーション自体が、ないレールの上を行くような。一度ゼロやマイナスになったことろから上を目指すみたいな。反骨精神というか、ヒップホップだな、みたいな」
会社の定款には、まちづくり推進事業が入っています。まちづくりを続けるための足場として不動産業を頑張り、そこで得た収益をまちに還元していきたい、というのが佐藤さんの事業の立て方です。
郡山の良さを、一緒に探す
3年後、5年後をどうしたいかを聞きました。規模は少し大きくしたい、というのがまず一つで、もう一つが冒頭の計画につながります。用事があるから不動産屋に来る形から、たまに行っている場所の延長で相談が来る形へ。敷居を下げて、地域の人との関係を変えたい、というのがその狙いです。
そのために、一緒に働く人を増やしたいと考えています。
ーどんな人がいいですか。
佐藤「まちづくりの視点から不動産を考えられる人、ですかね。あとは地元文化が好きな人。あとはコミュニケーションが好きというか、仕事上やっぱり会話が多いので」
究極、郡山で不動産やまちづくりをやりたいから一緒にやらせてくれ、というくらいで来てもかまわないといいます。コノマチ不動産が向き合うのは、まちの中の一軒一軒の場所です。
ーこれから郡山に来る若い人に、一言お願いします。
佐藤「不動産、まちづくりとかの視点を持つと、より地元の面白さがわかるというか。その土地の良さがわかる。歴史とか、まちの成り立ちからでも。郡山や県内、すごくいいところがいっぱいあって、まだ自分でも把握しきれてない良さがいっぱいあるので。魅力を一緒に探しましょう」
まだ名もない場所の、企画と運営に、_ _ _ _を。
会社概要
会社名
株式会社コノマチ不動産
所在地
福島県郡山市安積町長久保
事業内容
不動産の売買・賃貸・管理と、まちづくり
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